Sun.
02/24/2008
寮はわびしと
死後の処置尽くして夜勤明けし日は寮はわびしと妹が来る
嫁ぎても白衣脱がざること決めて迫りくる日々を励む妹
花嫁の装ひ成りし末の娘をながめて母は多く語らず
新婚の旅に末娘を送り来て黙しつつ父も母も歩めり
Thu.
07/24/2008
七十となりたる姉は
姉上の作りてくれし紫蘇(しそ)ジュース暑さに萎えし我を慰(なぐさ)む

七十となりたる姉は健やかに色よき紫蘇を作り商(あきな)ふ
紫蘇の絵は「おいしいねっと」さんの紫蘇のページからお借りしています。
ありがとうございます。
母は、とにかく暑いのが苦手な人でした。
あんまり暑いと、もう泣きたくなるー、とよく言っていたものです(笑)。
この「姉」とは、六人姉妹の一番上の姉のことです。
私にとっても、身近な伯母でした。
順に、母が57歳、59歳の頃の作品です。


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Fri.
10/10/2008
六人の姉妹集ひて
しあわせの一つなるべし湯の宿に六人姉妹元気に集(つど)ふ
父母よくぞ育て賜(たま)ひし六人の姉妹湯宿に一夜を集ふ
六人の姉妹集ひて泣き笑い語りし一夜短く明くる
母59歳の時の作品です。
母方の伯母・叔母達は、一番上と一番下で19歳の年の差があります。
6人姉妹の4番目だった母は、一番早くに59歳で亡くなりました。
11年前のことです。
最年長の伯母が亡くなったのは今から数年前。
そして先日、伯母の一人が亡くなりました。
湯の宿に元気に集った六人姉妹も今は三人に…。
2002年の終わりから2003年の前半、
母の歌集本を作るため編集作業をしていた私は、
あの頃どれだけおば達の熱意に支えられたかと思います。
母の短歌をぜひ本の形にして残してほしいという、おば達の思いがなかったなら、
私は多分、母の原稿と大学ノートを箱に入れたまま
いつまでも重い腰を上げなかったような気がします。
伯母に、心から冥福を祈ります。


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