Tue.
04/01/2008
わが身の肥えて
Tue.
04/01/2008
東京は桜咲きしと
Thu.
04/03/2008
上京
Fri.
04/04/2008
社の杉ゆ朝日透き来る
Sat.
04/05/2008
学ぶ地へ
Sun.
04/06/2008
鳴き交はす小鳥の声に
Sun.
04/06/2008
巣だちゆく子は
Mon.
04/07/2008
どこよりか小鳥の声す
小田に積む三米の雪消すと黒き灰撒く汗ばみながら
どこよりか小鳥の声す凍(し)み雪の厚き畑に灰撒きをれば
隣接に生コン工場建ちてより静寂のなき小田に疲るる
冬入り日まともに受けて壁白き工場のあたり明るく見ゆる
一句目は、今よりはるかに積雪量の多かった頃の、昭和59年(母46歳)の作品です。
二句目はその約10年後です。
我が家は、父が教員をしていて、農業が従の兼業農家でした。
冬になると農作業が無いのでほっとしていた母でしたが、
春になるといろいろと忙しくなり、
寝たきりの祖母を看ながらの農作業は、どれほど大変であったろうかと思います。
三句目の工場ができたのは昭和45年頃の話です。
あれが一日中うるさくて・・・と母が言っていたのを思い出します。

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Tue.
04/08/2008
ふるさとの遅き桜に
雪国を出で来し我の厚着して桜咲く町を息(こ)と並びゆく
この町とは群馬県高崎市のことです。
父と同じく教師の道を選んだ兄が、高崎市の高校に勤めていた時期があり、
母が兄の住まいを訪れたのでしょう。母44歳、兄25歳の頃でした。
わが村の桜も咲きぬ東京に花見せしより二十日余を経て
帰省せし子は思ほへずふるさとの遅き桜に会ひよろこびぬ
桜前線は、東京よりひと月ほど遅れて新潟県に訪れます。
ゴールデンウィークの頃帰省すると、運がよければもう一度お花見が出来ました。
この時母は56歳、そして私は・・・・・もう34歳でした。
結婚していて、生後半年の娘を抱いて帰省しました。

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Wed.
04/09/2008
中学に入りたる吾子は
Wed.
04/09/2008
雪積みて
Thu.
04/10/2008
わが誕生日四月十日は
Fri.
04/11/2008
半生を共に生き来し
Sat.
04/12/2008
休日を
Sun.
04/13/2008
野の雪の平たくなれば
Mon.
04/14/2008
春耕の音たへ間なき
堆肥積みて一輪車押す単調に耐へて一日田を行き来する
春耕の音たへ間なき農道の青草の中にポットが光る
夜になりてなほも響ける耕耘機のライトが闇に向きかへてをり
病癒えて夫(つま)が動かす耕耘機
一日かかりて代掻(しろか)き終へぬ
代掻きを終へて安堵の帰り道水張りし田に初蛙聞く
「代掻き」とは、田植え前の準備作業です。
田に水を入れた後、耕運機などで土壌を攪拌、砕土、
水田の面を平らにし、苗を植えやすくする作業です。
しばらくは農作業の忙しい日々が続きそうです。よろしくお付き合いください。
今日は、作者30代半ばの三作品と、57歳の時の作品が混ざりました。

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Tue.
04/15/2008
四月の照りの野に励み来て
畦(あぜ)陰に残れる雪に茶を冷やし
馬鈴薯植ゑむ畑(はた)を打ちをり
土掘るに昼過ぎ早く疲れつつ飛行機雲の解くるを眺む
手の内の厚くなりしと思ひつつ一日使ひしシャベルを洗ふ
目つむればまなうら熱し終日を四月の照りの野に励み来て
一句目では作者48歳、続く三句では作者37歳でした。
私自身は子供の頃、特に中高生の頃は、
農作業など何だかとても格好の悪いことのように思えて、
田植えや稲刈りに駆り出された時には嫌々手伝いましたが、
それ以外は、何かを手伝った記憶がありません。
母が、毎日毎日田んぼや畑から疲れて帰ってきて、
寝たきりの祖母を看、晩ご飯の支度もしていたのだと、
今になって、歌を眺めてやっとその苦労が見えてくる気がします。
どうしてこういう気持ちを、あの時は持てなかったのでしょう。
ねぎらいの言葉一つも、かけてあげることがありませんでした。

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Wed.
04/16/2008
若き日の吾を見る如し
Wed.
04/16/2008
吾ひとり畦に憩へば
Thu.
04/17/2008
田植ゑ
Thu.
04/17/2008
疲れては
Fri.
04/18/2008
田植ゑの数日
Sat.
04/19/2008
田より帰れば
Sat.
04/19/2008
田植ゑ終りし一日
Sun.
04/20/2008
山畑の荒れしに座せば
Mon.
04/21/2008
わが汗涙浸みしこの土
Tue.
04/22/2008
隙間に出でてたんぽぽは
色淡く花開きをり地下街の明りに茄子(なす)の苗は売られて
遮断機の上るを待てば踏切の隙間に出でてたんぽぽは咲く
一句目、野菜の苗のようなものが太陽の光及ばぬ場所で売られていたことが印象的だったようです。
茄子の苗が地下街で売られててねぇ、と母が私に言ったのをよく覚えています。
でも、どこでの話だったのか・・・新潟駅だったような気もします。
二句目は、東京で一人暮らしをしていた私の所に
母が訪ねて来た時だったように思います。
私は当時、小田急線沿線に住んでいたのですが、
その最寄駅の踏切だったのでしょう。一旦遮断機が下りると、
上り下りの電車が続くのでなかなか開かない踏切でした。
母が44歳、私が22歳の頃のことです。

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Wed.
04/23/2008
どの顔も手も
Thu.
04/24/2008
近道に
Thu.
04/24/2008
亡き兄に習ひしやうに
畑のこと田のことわれに教へ呉れし兄思ひ出づ
働きて働きてうから育てくれし兄なり
働きてややに屈みし兄の背を今に忘れず
ここに歌われている「兄」は、母の義兄のことです。
母が義兄を詠んだ歌は数少ないのですが、
それでも母がどれ程義兄のことをありがたく思っていたかがよくわかる気がします。
この歌は、母がいつも短歌を書きとめていたノートの端に書かれていたものでした。
亡き兄に習ひしやうに畑のもの植ゑてこの春も作付終る
これは母が57歳の時の作品です。
「義兄」が亡くなってどれだけ時が経っても、
いつも義兄を思い出しながら田畑の作業をしていたのだと思います。


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働きて働きてうから育てくれし兄なり
働きてややに屈みし兄の背を今に忘れず
ここに歌われている「兄」は、母の義兄のことです。
母が義兄を詠んだ歌は数少ないのですが、
それでも母がどれ程義兄のことをありがたく思っていたかがよくわかる気がします。
この歌は、母がいつも短歌を書きとめていたノートの端に書かれていたものでした。
亡き兄に習ひしやうに畑のもの植ゑてこの春も作付終る
これは母が57歳の時の作品です。
「義兄」が亡くなってどれだけ時が経っても、
いつも義兄を思い出しながら田畑の作業をしていたのだと思います。

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