Thu.
05/01/2008
朝暗き部屋を点して
応(こた)へなき姑(はは)に向ひて
姑の子らこもごも己(おの)が名をいふあはれ
衰へて眠れる姑が唐突に亡き舅(ちち)呼ぶをまじまじと見き
朝暗き部屋を点して冷えそめし姑の死顔を剃りてととのふ
永病みし姑の柩に朝夕にみがきてやりし入歯も納む
年永く歩めず逝きし姑の脚細々として足裏うすし
年永く病みたる故に姑のお骨灰多くして抱けばかろし
祖母が危篤状態に陥る前、何日も高熱が続いたように記憶しています。
このとき母は36歳、私は中学二年生で、夏休みの間の出来事でした。
ニ句目のことは今も良く覚えています。
意識が無いように見えた祖母が、突然目を開けて祖父のことをはっきりと呼んだので、
母はとても驚いたと言っていました。
祖母が亡くなくなったのは夜中のことでしたので、兄も私も眠ってしまっていたのですが、
何年も後になってから母が私達に、「あのとき、夜中でもお前達を起こせばよかった、
ひとが死ぬということはこういうことなのだよと見せるべきであったかもしれない」と
言ったことがありました。
祖母の葬儀が終わった頃に今度は母の具合が悪くなり、
なぜか私も同じ状態になったのですが、二人で1週間も寝込むことになります。

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Fri.
05/02/2008
姑逝きしのち
Sat.
05/03/2008
望まざる嫁といはれし
Sun.
05/04/2008
野ばらの匂ふ
Tue.
05/06/2008
相容れぬ思ひもちゐき
Tue.
05/06/2008
苺摘みゐる母を思ふ
Thu.
05/08/2008
相通ふ思ひを
Fri.
05/09/2008
打たれしに
打たれしにこだはり夜半(よは)を目ざめつつ冷えて流るる涙を拭かず
紅ひきて少しは心和みたり眠り足らはずたゆき朝に
わが貌(かほ)の如何に老けしか過ぎし日に親しき人はふりむかざりき
打たれしに、との言葉を選んではいますが、実際には父に殴られた母でした。
母が菊作りの先生か菊作り仲間(男性)と楽しくお喋りをしていたからとかいう
あまりにも馬鹿げた理由からでした。
今でもあの時の青く腫れた母の顔を思い出すと、可哀想でなりません。
父が生きていたなら、私がこの歌を掲載することに大反対したでしょうが、
その父も亡くなり4年が経ちます。母が36歳の時の作品です。
ひとときの平安にして目覚むればかへる悲しみ抱きて眠る
眠れずに明けし一日は目つむれば暗きに沈む心地に耐ふる
今日は悲しい歌ばかりを集めました。
これはそれぞれ、母が37歳と46歳の時の作品です。
どんなつらい出来事が他にもあったのか、私にはもうわかりません。

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Sat.
05/10/2008
野のすみれ
Mon.
05/12/2008
さつき一鉢
Wed.
05/14/2008
胃痛むと朝餉をぬきて
Thu.
05/15/2008
古き家毀ちて広き庭隅に
今日は雑詠の数々を掲載します。
雑詠ということでまとめてみると、なるほどテーマがまったく統一しません。
色褪せし安全旗見ゆ完成の近き統合校舎の上に
これは私が通った中学校のことです。
我が家の田畑から見上げる丘にこの校舎が完成しました。
私はこの校舎で初めての中学一年生でした。
私より2学年上だった兄は、中学三年生からここに移り、
この新しい校舎で学んだのは残念ながらたった1年だけでした。
古き家毀(こぼ)ちて広き庭隅に馬をつなぎし大き石あり
この歌を見て私は、いつだったか帰省した折に母と一緒に行ったことのある
『目黒邸』(新潟県指定文化財、国の重要文化財)だと思ったのですが、
よく見たらこれは私が12歳で母が34歳の時の作品なので、
帰省した折に、というのは外れでした。まったく別のところだったかもしれません。
煤(すす)ほこり木肌(きはだ)にしみてただ黒き
位牌(いはい)を洗ふ文字読みたくて
時ながく古き位牌を拭きをれば慶應の文字かすかに出でぬ
そう言えば、古い位牌の文字が見えてきたと母が言ったような気もしますが、
どのような状況だったのか覚えていません。
空家とはかく寂しきか行くところくもの巣われの顔にかかれり
これもどこのことだったのか…。
ゆかりなき人の法事の席にゐてしびるる足を気にしつつをり
以上、母が33〜37歳の頃の作品です。


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色褪せし安全旗見ゆ完成の近き統合校舎の上に
これは私が通った中学校のことです。
我が家の田畑から見上げる丘にこの校舎が完成しました。
私はこの校舎で初めての中学一年生でした。
私より2学年上だった兄は、中学三年生からここに移り、
この新しい校舎で学んだのは残念ながらたった1年だけでした。
古き家毀(こぼ)ちて広き庭隅に馬をつなぎし大き石あり
この歌を見て私は、いつだったか帰省した折に母と一緒に行ったことのある
『目黒邸』(新潟県指定文化財、国の重要文化財)だと思ったのですが、
よく見たらこれは私が12歳で母が34歳の時の作品なので、
帰省した折に、というのは外れでした。まったく別のところだったかもしれません。
煤(すす)ほこり木肌(きはだ)にしみてただ黒き
位牌(いはい)を洗ふ文字読みたくて
時ながく古き位牌を拭きをれば慶應の文字かすかに出でぬ
そう言えば、古い位牌の文字が見えてきたと母が言ったような気もしますが、
どのような状況だったのか覚えていません。
空家とはかく寂しきか行くところくもの巣われの顔にかかれり
これもどこのことだったのか…。
ゆかりなき人の法事の席にゐてしびるる足を気にしつつをり
以上、母が33〜37歳の頃の作品です。

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Fri.
05/16/2008
たまさかに
Sat.
05/17/2008
子を思ひてをれば
Mon.
05/19/2008
娘が買ひくれし
Tue.
05/20/2008
再び眩しき入りつ日に遭ふ
Thu.
05/22/2008
子が伴ひてくるひとを待つ
Thu.
05/22/2008
夫の心定まるらしも
肝心のことにはふれず花すぎし梅の林を娘(こ)と語りゆく
夫(つま)の心定まるらしも伴ひて来し若者と睦まじき娘に
私自身のことなので、掲載するのが少々恥ずかしい気がします。
一句目は、ある年の2月の終わりごろだったかと思います。
二句目はその年のGWで、私が結婚を決めた相手を連れ初めて実家に出向いた時です。
父は、私達に会い結婚を認めるのには随分と抵抗があったようでした。
この約1年後の6月に私は結婚しました。
若者と娘は手を結び登り行く挙式の宮の長き階(きざはし)
み社(やしろ)に雪積みゐたり初夏の日の結婚式は夢のごとしも

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Fri.
05/23/2008
身籠りて
Sun.
05/25/2008
お母さん風邪ひかないで
Tue.
05/27/2008
雨のゲートボール大会
Wed.
05/28/2008
嫁と子と
Thu.
05/29/2008
生まれて一日の初孫に会ふ
Sat.
05/31/2008
熱出でし
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